山梨県北杜市
▲イメージ画像
ゴールデンウィークの中日、時刻は夕方、清里から須玉ICをつなぐ国道141号線、車道には観光を終え、家路へ向かう車が連なり、ノロノロと進む。高原の強い日差しが弱まり、顔の火照りが治まるってくる。
少し日焼けをしている事に気づく。ふと、道の脇に目を向けると、道と平行した峡谷に、長い長いロープが張られ、沢山の数の鯉のぼりがバタバタと泳いでいる。
一つのロープだけでもかなりの数の鯉のぼりだ。それが何本も谷間に張られ、鯉のぼりが渓谷の空を埋め尽くしている。昼から夜へ変わる、黄昏時、心が少し曖昧になる時刻。いきなり現れた鯉のぼりの大群に、現実感を欠いた気持ちになる。
鯉のぼりの下には何か大きな建物があるようだ。なんの建物だろうか。疑問に思いつつも、前の車の動きに合わせ、車を前に進めた。
▲道の駅南きよさと。鯉のぼり500匹が大空高く舞い上がる。4月上旬~5月中旬頃。(北杜市高根町)
2011年のゴールデンウィーク、北杜市を訪れた時の記憶だ。道の駅南きよさと、毎年恒例の鯉のぼりの写真を見ながらふと思いだした。
記憶の底に沈んでいた風景だ。
東日本大震災の起きたその年、自分は東京の狛江市に住んでいた。震災後の落ち着かない雰囲気の中で、ゴールデンウィークに旅行に行くか悩み、直前で選んだのが人から勧められた清里。初めての北杜市を訪れたのがその時だった。
残念なことに、北杜市の第一印象は曖昧なものだ。何処に行ったのかあまり覚えていないのだ。
牧場に行ったのは覚えている。今から思うと、あれは牧場公園だったのだろうか。車が一杯で駐車するのに苦労した。
お店の中が人でいっぱいだ。あれは清泉寮だったのか。
木造の広い食堂でほうとうを食べた。とても美味しかった。あれはいったい何処だったのか。
面白いのが、山を見た記憶が無いのだ。八ヶ岳も南アルプスも記憶の中には無い。
北杜市の印象は、観光客で溢れた高原といったところだった。ゴールデンウィークに行ったのだから、騒がしくて当然なのだが。北杜市に惹かれるのはもう少し時間が経ってからとなる。
▲5月上旬頃に田んぼの水張が始まる。奥に富士山。(北杜市長坂町)
観光で訪れるのと、実際にそこで暮らすでは、見えてくるものが全く違うのかもしれない。
私の好きなフレーズに、「暮らすように旅をする」というものがある。
じっくりと時間をかけ旅先を過ごすということだろう。地元のスーパーに行ったり、休憩では無く、コーヒーを味わうためにお店に入ったり。主要道路から一歩、脇道に入り、なんとも無い場所を散歩したり。そうすることで、その人の中に立ち上がってくる景色というものもあるのだろう。
少なくとも私は、最初の訪問では、北杜市の景色が大して見えていなかったと思う。鯉のぼりは素敵だったけど。
5月のゴールデンウィークの時期、北杜市に居を構える私のお勧めスポットは、水を貼った田んぼの景色だ。夕方の黄昏時、静けさとの中、ピンクの空を映す田園はとても魅力的だ。観光道路から一歩、脇道に入ることで見えてくる景色の一つだ。
▲黄昏時に空の色を写す水田。(北杜市高根町)
(八ヶ岳事務所 大久保武文)